2014年1月5日日曜日

チェコの道路標識:ここで何をすればいいの?


これは、チェコで見かけた標識です。
さて、この標識は一体何を意味するのでしょうか?
標識は視認性(見た瞬間に理解できること)が高くなければならないのですが、この標識は情報量が非常に多く、その解釈に悩むところです。
道路には子供がボール遊びをしているし、大人らしき人物が家の方に向かって歩いてきている。さらには車と4つの情報が混在しています。この大人は子供をさらおうとする誘拐犯で、奥に止めてある車に乗っている共犯者とともに逃げようとしているかもしれません。
もしくは、「子供から目を離すな!」という親に向けて発せられたものでしょうか?
ひょっとすると、車の運転手に対して「子供の飛び出し注意」を喚起する標識かと思うかもしれませんが、そしたら大人の絵は不要ですよね。では、この大人の絵は一体何を意味しているのでしょうか?

まずは、サインで伝えられるメッセージの受け取り手が誰であるかを考えなければなりません。
ドライーバーが受け取り手であれば、子供の飛び出し注意かもしれませんし、親であれば、子供に目を離すなという意味かもしれません。

つまり、記号の意味を解釈するにはそのメッセージが誰に対して発せられたかをしっかり認識しなければなりません。私たちは自分の名前が呼ばれてもいないのに、返事をする人はいませんよね。自分の名前が呼ばれることにより、自分に対してメッセージが送られたと解釈し返事をします。そうすることでコミュニケーションが成立します。

ここら辺の話は、ロシアフォルマリズムという学派の重鎮ロマン・ヤコブソン先生の著書を読むと非常に深いところまで理解できるはずです。超単純に言ってしまうと、記号はメッセージとして話し手から聞き手に送られる際には共通のコードが必要であり、そのコードの解釈が異なるとコミュニケーションは成立しないという考え方がありました。
それに従って考えてみると、私たちはチェコの文化的なコードを持ち合わせていませんので、そもそもこの交通標識の意味が分からないのです。ですので、自分に向けられたメッセージであるかどうかの判断もできず、「なんだこれは?」と思うだけです。

ちなみにこの標識は「コミュニティ道路」を意味していて、その地区の道路は子供の遊び場や人々の交流のために使ってもよいという住民に伝えているものであり、さらに、車で入るときはものすごく注意しなければならない!ということを車のドライバーにも訴えているものです。こうして、メッセージの受け取り手が2つ以上存在しているという希有な例と考えることができます。

つまり、赤丸の中に50という数字が書いてあれば、50キロの制限速度を守るようにドライバーに訴えています。それはすなわち歩行者やその標識付近の住人に対してのものではないということも表しています。ここではチェコの標識には受け手が複数いて、その解釈も微妙に異なっています。
(倉林秀男)