2014年1月5日日曜日

事例研究:ブリスベン空港(国内線)


ブリスベン空港(国内線乗り場)
「生活者としての外国人」を考える際に、私たち日本人が海外で生活をするなかで一番大きな障壁となるのは言語であろう。
オーストラリアは日本の22倍の国土であるために、交通の手段としての飛行機が発達している。そこで、電車に乗ることと同様に、国内線の飛行機に乗り移動する場合を考えてみることにしよう。
日本では飛行場に到着したらチェックインカウンターで搭乗手続きを済ませ、荷物を預けるという一連のスクリプトが存在する。その際に、チェックインカウンターで搭乗する便名の確認や座席の指定を口頭で容易に行なうことができる。これが海外の場合、言語が大きな障壁となり非常に難しく感じる人が多くいるだろう。
そこで、オーストラリアのブリスベン空港の国内線の搭乗手続きについて比較をしてみることにしよう。
まずは、チェックインカウンターであるが、以下の写真を見ていただければわかるが有人のカウンターがどこにも見当たらない。大量に並んでいるチェックイン機でチェックインをすることになるのだ。


既に、航空券を購入しているため画面表示に従って必要事項を入力、座席の希望の入力、確認をしていく。身分証明書となるパスポートを機器の下部にかざし認証をする。そして、チケットが印字されて出てくる。
さらに、機内預け入れ荷物がある場合は手荷物ボタンを押し、重量計に載せるとラゲージクレームタグが印字され、それを自分の荷物に巻き付けて終了。
この一連の作業、一切言葉を発することなく終了させることができるのである。


さらに、荷物を預け入れる際にもバーコードのついたラゲージクレームタグを貼付けた荷物をベルトコンベアの上に載せるだけで、自動的に機械がバーコードを読み取り、機内へと預け入れられる。

こうして荷物を預け飛行機に搭乗することになるのである。上述したが、この一連の作業、一切の音声言語を発することなく終わらせることができるのである。しかも、その際には英語表記を読むというよりもむしろピクトグラムに従っていくことで、手続きが完了するということは特筆すべきであろう。
さらに、注意書き等の掲示物が全くといっていいほどなく、「ノイズ」となるような言語情報がないということで、動作をスムースにしていると考えることができる。

(倉林秀男)

事例研究:新宿駅の例

新宿駅に初めてやってきた人が切符を買って電車に乗るまでに必要な日本語を見ていきましょう。

まずは、新宿西口交番でJRの改札方面を尋ねます。JR新宿駅から中央線に乗りJR八王子駅に向かうことにします。
KOBANとローマ字で標記されていますが、結局のところ「交番」の意味が分からなければなりません。

窓口があるので、JRの切符が買えそうですが、ここでは買うことができません。
この窓口の機能を理解するためには次の言葉の意味が分からなければなりません。

東京都 交通局 案内所
[東京都]は[千葉県]、[北海道]という地名であるという意味だけではなく、[交通局]との複合語となり[東京都交通局]が地下鉄であるということと、[案内所]がインフォメーションセンターであるという理解が必要となる。
特に、「案内所」は意味を決定する重要な語彙である。

<案内表示板の英語に従ってJR方面へ向かいます>
JR線方面への移動については、英語標記に頼ることも可能です。

<みどりの窓口に到着>
みどりの窓口の隣に英語標記で"Ticket Office"と書かれています。
ここで切符を購入する場合は、音声言語によるコミュニケーションを行なわなければなりません。
しかしながら、学習者のレベルによっては困難が予想される。
さらに、窓口付近に掲示されている情報で「出口」と書かれているところを読み取らなければ正確に列に並ぶ事ができず、結果として横入りしてしまう可能性が生じてしまうだろう。
みどりの窓口の隣に英語標記で"Ticket Office"と書かれています。
ここで切符を購入する場合は、音声言語によるコミュニケーションを行なわなければなりません。
しかしながら、学習者のレベルによっては困難が予想される。
さらに、窓口付近に掲示されている情報で「出口」と書かれているところを読み取らなければ正確に列に並ぶ事ができず、結果として横入りしてしまう可能性が生じてしまうだろう。



この標記は日本語のみ標記であるため、明日以降の指定席券や特急券を購入しようとする場合、購入する時間帯によって窓口が異なっていることを理解しなければなりません。
ここできちんと理解できなければならない日本語は「地下1階」をきちんと理解しなければ目的の場所にたどり着くことができません。さらに「明日」、「以降」ですが特に「以降」は明日を「含む」ものか、それとも、「含まない」のかは「以後」との使い分けによって認識しなければならない。

「当日分の指定券は1階下の窓口をご利用ください」と書かれていますが、そうするとここの窓口では一体どういった種類の券を購入することができるのかいささか不明確である。
その2とあわせて、「きっぷ(切符)」、「指定券」という意味を正確に理解していないと難しいであろう。つまり、広義の「きっぷ(切符)」は指定券も含む可能性もある。
さらに、複雑にしているのはこの掲示には複数の情報が書かれていることである。「窓口をご利用ください」という切符の購入を窓口で行なうことを促す文に加え、券売機コーナーを使うことも同時に促す文も書き込まれている。そのため、この掲示を読んだ非日本語母語話者はどうすればよいのか却って混乱してしまう恐れがある。

<券売機のところまでたどり着いた>
券売機を見つけました。
「現金」、「のみ」の理解が必要となります。
日本語がわからなくてもTicketという英語標記に頼り乗車券を購入することができると思い、お金を入れてみますがそもそも、目的地までの料金がわかりません。
しかし、ここで英語でticketと書かれていても購入することのできる乗車券は限定的なものです。
中央ライナー、青梅ライナーという特急に乗るためのものになっています。
目的地である八王子は「中央線」に乗って行くことになるのですが、「中央」という文字を認識することで、中央線と推測することも可能です。さらに、「ライナー」は「ライン」と類似するため「中央ライナー」と「中央線」を混同する可能性は高いと考えられます。

券売機を押してみると、自由席特急券という文字と行き先が表示されます。
特急券という語がわからないと、誤って購入してしまう恐れがあります。
JR新宿駅に止まる中央線には「快速」、「通勤特快」、「中央特快」、「特別快速」などがあり、「特急」との混同の可能性があります。
こちらが、英語での運賃表と路線図です。新宿駅のような大きなターミナル駅では、こうした英語版の路線図が掲出されていますが、一般的な駅では見かけることがありません。
ここで八王子までの運賃がわかり、その直下にある券売機で切符を購入することになります。
しかし、その路線図の下には「新幹線、特急指定席、定期券」とあります。
ここで購入する事ができるのは新幹線等の乗車券であるということを理解しなければなりません。
つまり、シニフィアンとしての路線図とそれに対応するシニフィエとしての券売機の機能が一体化していないため、普通乗車券の購入が難しくなっています。
その隣にある券売機の上には「指定席・自由席券売機」と書かれています。
ここで問題なのは英語標記の路線図が不適切な位置に掲示されていることにより、混乱を生じさせる恐れがあるということです。

<改札に向かいます>
乗車券が購入できたら改札に向かいます。
そこで、「入場券」が必要という掲示が見えてきました。一般的に入場券とはゲートを通過する際に支払うものですが、電車には乗らないが駅に入るだけという人のための券であるという特別な意味が付加されています。しかしながら、「入場券」が一般的な語彙であるために誤解を生じさせることになります。
さらに「通過」という語も、「改札を通過するだけで、電車には乗らず、もう一度改札から出てくる」という意味として解釈されなければなりません。

<ホームに向かいます>
改札を通過した後に、自分が乗るべき電車が来るホームには、英語標記に従うことで向かう事ができます。
(倉林秀男)

牛に注意:ここはどこの国?


これは、私がオーストラリアに留学をしていたときにキャンピングカーで1ヶ月ほど旅に出たときに見つけた標識です。南オーストラリア州から北部準州にかけて続くStuart Highwayの一本道に突然「牛に注意」と日本語で書かれた標識が表れました。この日本語のフォントというか文字が何とも言えない手書感があり、私の心を引きつけました。さらに、ドイツ語で"tiere am weg"と書かれています。

ただ、ここの広大な大地、どこを見渡しても牛の気配を感じることができませんでした。

一日に100台通るかどうかわからないような道路に突然の日本語、そんなに日本人が多いのか?なんて思ったりしますが、この道路はソーラーカーレースが行なわれる有名な道路で、日本チームが毎年出場し、好成績を収めています。だからなのでしょうかねぇ。

世界中には3000とか5000とか1万の言語が存在すると言われていますが、そんな中、わざわざオーストラリアの砂漠地帯の道路に日本語での標識。不思議でなりません。
実はこの地域、日本人のバイク乗りの人たちには人気らしく、こうした標識を立てたのではないのか、とこの先にあった宿屋の女主人から聞きました。
海外にある公共の標識で日本語を見たのがここが初めてでした。

標識は視認性が重視され、「見ただけで理解できる」ということが最優先されるものです。そのため、多くの標識は絵や図でわかってもらう(ピクトグラム)ように作られています。そのため、注意書きを文字にしてしまうとその文字を理解する人だけにしかわかりません。例えば、ドラム缶にドクロのマークが貼られていたら、近づいて中をのぞいてみようなんて思ったりしませんよね。つまり、ドクロ=危険と自分の言語に置き換えて考えたりします。でも、「毒」と書かれていたら漢字を知らない文化圏からやってきた人は理解できずに、中をのぞいて大惨事になったりするかもしれません。
そのように考えると、この標識で日本語が洗濯されているというのは非常に興味深いことです。標識を他言語化することはいいことなのですが、そこで表される言語は恣意的に選択されているということを知らなければなりません。
(倉林秀男)

チェコの道路標識:ここで何をすればいいの?


これは、チェコで見かけた標識です。
さて、この標識は一体何を意味するのでしょうか?
標識は視認性(見た瞬間に理解できること)が高くなければならないのですが、この標識は情報量が非常に多く、その解釈に悩むところです。
道路には子供がボール遊びをしているし、大人らしき人物が家の方に向かって歩いてきている。さらには車と4つの情報が混在しています。この大人は子供をさらおうとする誘拐犯で、奥に止めてある車に乗っている共犯者とともに逃げようとしているかもしれません。
もしくは、「子供から目を離すな!」という親に向けて発せられたものでしょうか?
ひょっとすると、車の運転手に対して「子供の飛び出し注意」を喚起する標識かと思うかもしれませんが、そしたら大人の絵は不要ですよね。では、この大人の絵は一体何を意味しているのでしょうか?

まずは、サインで伝えられるメッセージの受け取り手が誰であるかを考えなければなりません。
ドライーバーが受け取り手であれば、子供の飛び出し注意かもしれませんし、親であれば、子供に目を離すなという意味かもしれません。

つまり、記号の意味を解釈するにはそのメッセージが誰に対して発せられたかをしっかり認識しなければなりません。私たちは自分の名前が呼ばれてもいないのに、返事をする人はいませんよね。自分の名前が呼ばれることにより、自分に対してメッセージが送られたと解釈し返事をします。そうすることでコミュニケーションが成立します。

ここら辺の話は、ロシアフォルマリズムという学派の重鎮ロマン・ヤコブソン先生の著書を読むと非常に深いところまで理解できるはずです。超単純に言ってしまうと、記号はメッセージとして話し手から聞き手に送られる際には共通のコードが必要であり、そのコードの解釈が異なるとコミュニケーションは成立しないという考え方がありました。
それに従って考えてみると、私たちはチェコの文化的なコードを持ち合わせていませんので、そもそもこの交通標識の意味が分からないのです。ですので、自分に向けられたメッセージであるかどうかの判断もできず、「なんだこれは?」と思うだけです。

ちなみにこの標識は「コミュニティ道路」を意味していて、その地区の道路は子供の遊び場や人々の交流のために使ってもよいという住民に伝えているものであり、さらに、車で入るときはものすごく注意しなければならない!ということを車のドライバーにも訴えているものです。こうして、メッセージの受け取り手が2つ以上存在しているという希有な例と考えることができます。

つまり、赤丸の中に50という数字が書いてあれば、50キロの制限速度を守るようにドライバーに訴えています。それはすなわち歩行者やその標識付近の住人に対してのものではないということも表しています。ここではチェコの標識には受け手が複数いて、その解釈も微妙に異なっています。
(倉林秀男)

サインは誰のため?


この表示をご覧ください、何か気付くことはありませんか?広島城という観光地には3ヶ国語の訳がついていますが、県庁や病院は英語のみです。つまり、「外国人旅行者には(比較的)たくさん翻訳を提供するけど、外国人住民は英語で十分なんじゃない?」という製作者の心中が見えます。こういう言語サービスにどんな翻訳がついているか見渡してみると、広島に限らずどこでも最優先されているのが英語です。「英語でええやないか!国際語やぞ!」という声が聞こえてきそうですが、ちょっと立ち止まってみましょう。日本在住の外国人ランキングを紹介します(2011年)。  

1 中国    68 万7,156(32.2%)
2 韓国・朝鮮 56 万5,989 人(26.5%)
3 ブラジル  23 万552 人(10.8%)
4 フィリピン 21 万181 人(9.8%)
5 ペルー   5万4,636 人(2.6%)

一目瞭然、英語母語話者なんていません。フィリピン人は英語が通じると思っている人がいますが、母語ではないので通じない人もたくさんいます。
 もういっちょ別のデータを示します。国立国語研究所が行った「生活のための日本語:全国調査」結果報告(2009年)によると、在日外国人1662人にアンケート調査をした結果、日常生活に困らない言語として英語を選んだ人は・・・

   601人で、全体の36.2%です。

打率が3割6分だと考えてください。プロ野球では見事に首位打者ですが(英語が国際語と言われる所以です)、街の標識が4割にも伝わらないのでは困ります。もちろん中国語話者は漢字を読めばいいので、冒頭の看板は問題ありませんが、伝わっていない人もたくさんいることになります。ちなみに同じ調査で日常生活に困らない言語として日本語を選んだ人は、なんと1026人、全体の61.7%です。つまり、標識に英語を追加するよりも、振り仮名を振ったほうが伝達効率は上がる可能性があります(何よりコストが安い!)。こういったデータが街の標識に反映されるといいですね。
ちなみに外国人住民の英語は母語ではないので、我々でも読める程度の英語でないと困ります。

この大通り‘Boulevard’はちょっと難しいんじゃないかな~。‘大通り’で辞書をひくと、「avenue, broadway, main street」なんてのが上がってきます。この3つのどれかなら、‘Boulevard’よりは伝わるんじゃないでしょうか。英訳をつけるにしても、まだまだ配慮が必要ですね。
(岩田一成)

オーストラリアの看板:英語の意味はわかりそうだけれど・・・


オーストラリア、ブリスベンの高速道路(Motorway)手前にあるサインです。
高速道路に入ってはいけない場合が書かれています。最初はPedestrainans、つまり歩行者ですね。歩いて高速道路に入ることは決してできません。普通は歩かないのですが、きっと大酒飲みのオージたちは酔っぱらって歩いて帰ろうなんて思ったりするのでしょうかね。そんな人たちが入るのを禁止しているのでしょうか。
それから、Bicycles、自転車ですね。さすがに車がついていても100キロ近く車がかっ飛ばす道路では自転車で走るには無謀すぎますね。ツールドフランスぐらいでしょうか。自転車は高速道路に入れません。
さてお次はというと、Animals、動物です。
「はい、そこの熊さんココから先は入ってはいけませんよ!」
えっ?熊には言葉が通じない?
じゃぁ、犬?
「わん、わわわーん、わん~、わっん!」
無理そうです。
そうか、英語で「Baw bawwoow baooow!」
やっぱりだめ。
じゃぁこれは何が禁止なの?ってなりますね。
ここのanimalは辞書に乗っている「動物」という意味だけでは不正解です。

正解は…馬に乗って入ったり、牛に車を引かせたりして入ってはいけないということですね。
「熊にまたがりおうまの稽古」をしている金太郎は無理ですね。

えっ?辞書のanimalを調べても動物に乗ってという意味は載ってないって。
そうですね。乗るなんて載っていませんね。

<ことば>の意味は全て辞書に書いてあると思ったら大きな間違いなんです。辞書に書かれているのは代表的な意味だけなんです。

日本人は動物って聞くと、犬や猫を連想しますので、ここでのanimalを犬や猫を指しているのかと勘違いしてしまう人もいるかもしれません。そもそも、牛や馬が交通の手段を担っていた時期がほとんどなかった日本にとって、このサインの意味を正確に解釈することは難しいですよね。
これは、いくら英語でanimalの意味が分かっていたとしても、その文化的な背景を持ち合わせていないことや、言葉の使われる状況(コンテクスト)を正確に把握しない限りこのサインをちゃんと理解することができないということを示しています。

言葉の意味は辞書的な意味によって決まるのではなく、言葉が使われる状況によって決定するのという、語用論(という、言語学のひとつの研究領域)の基本的な考え方もあわせてここで理解できたはずです。
(倉林秀男)