2015年9月7日月曜日

国会前はThe National Dietでいいのか?

2013年に東京都が「国会周辺における案内標識の改善について」というプレスリリースを行いました。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2013/08/20n8j200.htm
に具体的な資料が掲載されています。
おそらく、当時のニュースでも大々的に取り上げられていたので記憶にある方もいるでしょう。これまで [国会前] という案内標識の下には [Kokkai]というローマ字が併記されていたのを、「観光立国の実現に向け、道路案内標識を外国人にも分かりやすくするため」(東京都資料)に [The National Diet]としました。



私たちは「ダイエット」と聞くと、「あ〜、先月は食べ過ぎてちょっと体重が増えてきたから、今日からダイエットしなきゃ」と体重計に乗りながら心の中で発する時に使ったり、「リンゴでダイエット」のようなことを思い起こすでしょう。英語のdietには2つの系統の語源があって、たまたま今日1つのdietという語に収斂してしまったのです。古代ギリシア語にdiatia( δίαιτα)という生活様式を表す語がありました。これが食生活を表す語になり、ラテン語→フランス語と経由して英語に入ってきました。これがちょうど1066年のノルマンコンケストの頃でした。
一方、古代ギリシア語のdiatiaにルーツを持つ古代ラテン語のdietaは日程、日々の行いという意味があり、英語のルネサンス期にラテン語を直接取り入れdietという語になり、会議を行う日のことを指すようになったと言われています。
ということで、英語のdietには流入過程が異なる語が、結果としてたまたま1つの語になってしまったことで、2つの全く異なった意味を持つことになったわけです。

そして、日本はプロイセン憲法の影響もあり、帝国議会をthe Imperial Dietと称し、戦後になって国会となった際に、つまり憲法が英語で書かれた時にもthe Dietと名称が引き継がれました。ただ、他の多くの国では日本の国会に相当する議会のことをcongressやparliament と呼んでいます。むしろDietと自ら称している国はほとんどありません。かつてはデンマークなどプロイセン憲法の国々ではDietだったらしいのですが、今日ではparliamentと称しています。リヒテンシュタインの憲法にはthe Dietと明記されていますので、国会や議会をDietと呼ぶのはおそらく日本とリヒテンシュタインぐらいかもしれません。

では、海外では日本の国会をどのように称しているか、海外の新聞をざっと眺めてみると、たいていはparliamentと称されています。つまり自分たちにとって理解しやすい単語に置き換えられており、日本で呼んでもらいたいdietという言葉は何処にも出てこないのです。

このように考えると、「観光立国の実現に向け、道路案内標識を外国人にも分かりやすくするため」(東京都資料)とするならば、the Parliamentとしたほうがよいのではないでしょうか?
(倉林秀男)

2015年2月26日木曜日

サインの掲示場所

私たちは初めて訪れる国の飛行場では「サイン」を手がかりとして、荷物を受け取ったり、入国審査を受けたり、市内への交通手段を探します。
そこでどのようにサインを探しますか?
普通は自分の目線よりも上にサインがあるので、たいていは視線を上にするとサインを見つけることができます。きっと世界共通ですね。羽田空港では上にバスや駐車場を示すサインが掲出されています。
シドニーのキングスフォードスミス空港も同じですね。
そこで、次の写真をご覧ください。
「京急線」の案内が頭上の<釣り下げ式掲示>と柱にべたっと貼り付ける<柱貼り付け掲示>の2通りになっています。これって、人がこの柱の前に立っていたらどうでしょう?サインとしての機能を失ってしまいますね。さらに、奥の壁を見てもわかるように同じサインが<壁貼り付け掲示>として掲出されています。このように同一の情報を複数掲示するのが羽田空港ではよく見られました。
もう少し例を見ていきましょう。
突然、通路の真ん中にサインが置かれております。シドニー空港も同じようにサインが置かれているのですが、用途が全く異なっています。

シドニーの場合は「これ以上カートでは進めない」という警告ですので、カートを押している人に対する注意喚起をしています。いわゆる道路上に障害物を置き、車では進めないというような役割をしています。
一方、羽田空港の場合は注意喚起ではなく、「エレベーターが便利です」とエレベーターを使うことを婉曲的に表現しています。これはポライトネスとして分析することができる表現ですが、これはまた機会を改めて表現の項目を立てて説明します。
今回はサインの掲示場所に焦点を当てていますので、そちらの観点からですが、日本では「警告」のサイン以外にも突然通路の真ん中にこうした<立て看板式掲示>がよく見られます。さらに、次の写真。

エレベータの位置を表すサインですが、<釣り下げ式>に加え<立て看板式>、さらに床にまで掲示されています。同一の情報が3カ所にも掲出されています。
日本語は<ハイコンテクスト文化>に分類される言語ですが、その特徴として、あまり多くのことを言語で伝えず、状況(コンテクスト)から聞き手に理解を求めるようなコミュニケーションが行われるとされています。しかしながら、このサインの掲出状況を見る限りでは、それが当てはまりません。ひょっとすると<ハイコンテクスト文化>だからこそ他者への配慮として様々な場所に重複する内容の掲示を行っていると考えてもよいのかもしれません。
(倉林秀男)

2015年2月23日月曜日

台湾のサインの特徴(地名の表記を巡って)

台湾は2014年に外国人観光客数が990万人を突破し、観光客収入が1兆6000万円を超えており(台北駐日経済文化代表処発表資料に基づく)、この数が年々増加傾向にあります。そのため、台湾は観光客増加を狙い様々な宣伝を行っておりますが、ここでは台湾の言語景観についてみていきます。

台湾も日本と同じ漢字圏にあり、漢字で書かれたサインは非漢字圏の言語話者にとっては認識しにくいサインであるといえます。これは日本人がアラビア語を読むことができないのと同じです。いわゆる文字体系が異なっているためです。従って、文字体系が異なっている場合は基本的にアルファベットでの表記が併用されます。
これはバスの行き先別にルート番号(バスの先頭に書かれている番号)を示しているものです。地名とそれに対応する英語名称が併記されています。そうすることで、漢字が読めない人にとっても理解ができるようになります。
これはおそらく日本と同じですが、一つ大きな違いがあります。それは台北の電車のルートマップです。
たとえば、行天宮にはXingtian Temple、善導寺にはShandao Temple、大安森林公園はDaan Parkという英語での表記になっています。そこで日本の類似する駅名と比較してみましょう。そうると、東京メトロの水天宮前駅はSuitengumae Station。JR善光寺駅はZenkoji Station、埼玉県の森林公園駅はShinrin-koenとなっています。つまり、日本語では地名のローマ字表記で対応することになっています。一方、台湾では宮や寺をtemple、公園をparkと翻訳をしています。これは、宮や寺の意味を正確に伝えることができ、観光客にとってはそこに何があるのか推測することが可能です。しかしながら、SuitenguやZenkojiなどはそれが寺社であることがその音から推測することは日本語が理解できる人にしかできません。
つまり、台湾の地名の英語表記は台湾人に向けてではなく、外国人のために表記されており、その地名の持つ意味を伝えようという趣旨が伺えます。一方、日本の地名表記は最近になって、「国会前」をKokkai maeからThe National Dietと表記を変え意味を伝えるような動きにはなっていますが、主要都市の駅名の表記は未だローマ字読み表記のままとなっています。この場合の表記はいったい誰のために向けて書かれているのでしょうか?

(倉林秀男)


2015年2月22日日曜日

フィンランドとドイツそして台湾の飛行場

フィンランド・ヘルシンキの飛行場とドイツ・ベルリンの飛行場のサインの大きな違いは「言語表記の有無」にありました。
ヘルシンキはアジアからヨーロッパ各地へのハブ空港となっていてアジアから大勢の観光客が訪れます。アジア地域では日本語、中国語、韓国語それから英語の話者数が圧倒的多数を占めているための影響もあり、フィンランド語に加えそれらの言語を表出します。
非常に面白いのは、この前の記事にあるように、フィンランドもほとんど言語を使わないサインが登場します。それは、飛行機から降りたときに最初に目にするサインは<ピクトグラム+文字表記>によるサインでした。これについては、別途考察を行います。

一方ドイツのベルリンはEU圏から観光客が訪れるため、各国語での表記は数が多く表記は困難かと思われます。また、代表的にいくつかの言語を選んで表記すると他の国との摩擦もおきかねません。チェコ語とスロバキア語はほとんど同じ言語であると言ってもいいくらいですが、国家が2つになって以降別の言語であると主張しています。言語と国家の関係というものが強く反映しています。ということで、ドイツ的合理主義もあり、ベルリンの飛行場では極力言語での表記を避け、ピクトグラムがもちいられています。そうすることにより、EU圏の多言語問題にも摩擦を生じさせることなく対応することができます。

さらに、台湾の到着ロビーのサインは漢字表記が一番大きく、英語は小さな文字で書かれています。こうした文字の大きさというものも比較対象となってきます。

(倉林秀男)

飛行場のサインにおける北欧スタイルと日本スタイル

2月15日から21日にかけて「公共サイン」の調査研究に行ってきました。
まず、日本とヨーロッパの飛行場を比較すると「サインの読み手」が誰であるのかについて大きな違いがありました。そこで、今回はフィンランドと成田を比較してみようと思います。

フィンランドの飛行場は「誰でもわかる」ということを念頭にサインを掲出していることがわかります。たとえば、写真のピンク色のExitのサイン。視認性もそうですが、余計な言語は一切書かれていない。ゲート番号も単純に数字だけとなっています。


飛行機を降りて、次は手荷物を受け取る、もしくは乗り換えの場合は指定された搭乗ゲートに向かうという一連の流れ、いわゆる<スクリプト>を有していればバックのピクトグラムとExitで次に行く場所を示しているということが読み手に理解できます。
フィンランドのデザインはいわゆる北欧デザインのカラフルでシンプルという特徴が飛行場のサインにも見て取れます。

一方、成田空港は「特定の言語話者にしかわからない」というものでした。つまり、全てを言語化する。乗り継ぎ案内は日本語、英語、中国語(北京語)、韓国語の4言語のみで、たとえばアラブ諸国からの乗り継ぎ客にとってみれば不親切なものになる。
これを<言語による説明方式>と仮に名付ける。
こうした<言語による説明方式>にしてしまうと、全てのサインを言語にて表記する必要性が生じてくる。成田空港の税関を出たところでは次のようなサインが掲出されていました。


レンタカーには英語、中国語、韓国語の表記がなされ、コーヒースタンドには英語だけと、いったいどんな基準なのでしょうか?おそらく観光客がレンタカーを借りることがあるだろうから多言語表記にしているということでしょうか。
次のサインは成田空港の地下の電車乗り場へ向かうところにあったものです。

「ペットホテル」の多言語化は必要でしょうか?外国人観光客にとって必要な情報を多言語化するという前提であるなら、ペットホテルが外国人観光客にとって必要なものという判断があったのかもしれませんが、レンタカーを利用する観光客の数に比べると少ないのではないでしょうか?つまり、多言語表記の基準が決まっていないと考えられます。
そのため、各部署や企業が独自に他言語表記をしているため、次のような混乱した例も見られます。同じく成田空港のJR成田エクスプレスと京成スカイライナーの切符売り場です。

切符売り場の英語と韓国語表記がそれぞれの企業で異なります。Ticket OfficeとTicket Counterと異なっているのは、やはり統一した表記法が存在していないからでしょう。また、使用されているピクトグラムも異なっています。こうした<ガラパゴス的>ピクトグラムも日本の言語景観に対する配慮のなさがうかがえます。
日本の特徴として、何でも説明してしまうことと統一された表現方法がないというものをあげることができました。
極めつけは、成田空港のトイレのサイン。
「男子トイレです。ご自由にお使いください。」と、空港のトイレを使うのにご自由にお使いくださいとそこまで丁寧に言われなくとも。。。
Toilet for menというのもいかがなものでしょうか?男性のピクトグラムだけで問題はないのではないでしょうか?むしろ日本語が読めない外国人にとって、ここに文字が書いてあることで、「これはひょっとして職員専用と書いてあるのでは?」と思ったりする可能性も避けられません。親切に書いてしまったことで誤解を招く可能性が潜んでいるのです。
(倉林秀男)